ただ、念仏のみぞまことにておわします
- 超法寺の住職
- 3 日前
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皆さま、こんばんは。
5月の嵐が到来のニュース。
いかがでしょうか。
入間はまだ本降りにはなっていませんが明日は覚悟しています。
今日明日と板橋区でご縁をいただきます。
また今日は入間市の方からご依頼をいただきました。入間市には西本願寺のお寺は超法寺しかありませんのです。
しかし、咄嗟の事態になりますとつい、浄土真宗のお寺[単立]に問い合わせをしてしまうようです。もっと頑張らなくてはいけないね。
正しく親鸞さまや歴代宗主のご苦労を忘れずに少しでも皆さまの悲しみに寄り添っていくことを超法寺は大切にしています。
大切な人を突然失って涙の中で右往左往しておられる方々は多いでしょう。そんな時だからこそ超法寺はお手伝いをさせていただきたいのです。
さて今月21日は宗祖親鸞聖人のお誕生日[852回目]です。浄土真宗では《宗祖降誕会》といっています。
悲しいけど私たちが生きる人間世界は真実はございません。
【誕生】とは人の生まれること、辞書にはそう書かれています。誕生の「誕」を『大漢和辞典』でひきますと、「アザムク」と初めに出てきます。続いて「イツワル」、「ウソ」と出てきます。
それについては、「人間は嘘をつかなければならない場合になると習わなくても随分上手に嘘をつけるものだ」と言います。
皆さまは「嘘」はつきますか。苦手ですか、得意ですか。
私はこの人生かなりの数の嘘を重ねてきました。お恥ずかしいですね。
瀬戸内寂聴さんは、「人間は吐く息ごとにうそをつくものですね」と、おっしゃっています。
聖徳太子さまは、【世間虚仮】と見抜かれ、親鸞聖人は、【火宅無常の世界は、万(よろづ)のこと、みなもってそらごとたわごと】と、おっしゃっておられます。
「ウソ」は人を騙そうと思ってのウソもあり、悪意だけではなく善意からもウソをつきます。そして自分を守るためにもウソをつきます。
思い違い、物忘れ、さまざまなことからウソをつくお互いでは無いでしょうか。
昭和生まれの私は言葉は、人の心を温め、育むものと教えられました。しかし現実にはどうでしょうか。あ、忘れもしない。小学生の頃、父が「この柿、めちゃくちゃ甘いから食べてごらん」と言われて、ニコニコしながら頬張った柿が実は渋柿でまんまと騙されました。
あれ以来、どうも柿が苦手になってしまったのでした。(食べられないわけじゃないですよ)
それほど子どもの心は繊細ですからパパ、ママはご注意を。
しかしながら阿弥陀さまは、そんな私たちを決して責めもせず、裁きもなさいません。
そういう生き方をする私たちをお見抜きくだされたまんまのおはたらきであります。
言葉の出てくる心そのものに、真がない私であることは真実清浄の南無阿弥陀仏の本願力によって、変われない私のために変わってくださる親さまであります。罪を犯さねば生きられない私たちのために真実への目覚めを促していてくださいます。どんなことをしてでも救わずにはおれない阿弥陀さまのお心を知ればこそ、慎むことを知らされる私でありました。
何をしてもいいと開き直るのではなく、見捨てられないと涙のうちに願い通しに、はたらき通しでありました。気づいてくれよ、聞いてくれよ、受け止めてくれよ、と南無阿弥陀仏の声となりはたらいていてくださいます。
だからこそ、親鸞聖人は、【ただ念仏のみぞ、まことにておわします】と、おっしゃっているのですね。
最後に岡崎聖舟さまのお言葉をご紹介します。
[阿弥陀如来さまが私を思って思って思ってくださるのが南無阿弥陀仏。阿弥陀如来さまの思いが私に通って通って通ってくださるのが南無阿弥陀仏。だあれもいない一人のとき、お念仏さまがこうささやく。一人じゃないんだよ、一人じゃないんだよ]
是非何度も読み返してくださいね。
次第に阿弥陀如来さまのお心が受け止められ、口に南無阿弥陀仏と声になってくださるはずですよ。
おやすみなさいませ。南無阿弥陀仏
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