これがあなたの歩む道

『未来へ』kiroro

作詞/玉城千春 作曲/玉城千春

発売日/1998.06.24


ほら 足元を見てごらん

これがあなたの歩む道

ほら 前を見てごらん

あれがあなたの未来


母がくれたたくさんの優しさ

愛を抱いて歩めと繰り返した

あの時はまだ幼くて意味など知らない

そんな私の手を握り

一緒に歩んできた


夢はいつも空高くあるから

届かなくて怖いね だけど追い続けるの

自分の物語だからこそ諦めたくない

不安になると手を握り

一緒に歩んできた


その優しさを時には嫌がり

離れた母へ素直になれず


ほら足元を見てごらん

これがあなたの歩む道

ほら 前を見てごらん

あれがあなたの未来


その優しさを時には嫌がり

離れた母へ素直になれず


ほら 足元を見てごらん

これがあなたの歩む道

ほら 前を見てごらん

あれがあなたの未来


ほら 足元を見てごらん

これがあなたの歩む道

ほら 前を見てごらん

あれがあなたの未来

未来へ向かって

ゆっくりと歩いて行こう




※ 母が一生かけて私に教えてくれたもの、それは【南無阿弥陀仏】を称えながら生きていくこと。

そして、人と接する時は優しい顔で、人と語り合う時は愛情をもって優しい言葉遣いをしなさいね。そう自らの手で実践の中に教えてくださいました。

いつも私の最大の理解者であり、私に愛情をたくさん、たくさん、数えきれないほど注いでくださいました。

それなのに僕は貴方の想いを逆撫でていましたよね。お母さん、ごめんなさい。

有難うございました。

まだ僕は夢の途中•••きっと貴方がいるうちには夢の完成を見てもらえないでしょうね。

お母さん、有難う。僕はお母さんの息子に生まれて本当に良かったよ。

何度も何度も何度も浄土真宗に背を向けて生きてきた僕を見捨てずに見守り続けてくださいました。

今や本当に【南無阿弥陀仏】を軽やかにお称えする毎日を過ごさせていただいています。

これもすべて貴方のおかげであります。


こんな素晴らしい母と巡り会えたなんて•••きっとお母さんは仏さまなのでしょうね。

そうでもしなければ、こんな愚かな生き方しかできない僕が【南無阿弥陀仏】なんて称える人になどならなかったでしょうね。

僕はしあわせ者です。

55年も貴方の子どもでいられました。

まだまだ貴方の子どもでいたいのです。


わがままな息子ですね。

それでも貴方がいたから第二の夢に向かって頑張って来れたのだから。

何にもろくにできないのに、ここまで頓挫せずにこれたのは貴方がいてくれたから。

貴方がいつも「お兄ちゃん」と優しく呼んでくれたからです。

貴方と毎朝、本堂で父と三人で勤めたお朝事が僕のしあわせな時間でありました。

ある時を機に三人で勤めることがなくなりましたよね。

あの時もお母さんは「お兄ちゃんがかわいそう」と言ってくれましたよね。ありがとう。嬉しかったよ。


まだもう少し生きてください。

僕は頑張れるから。


金子みすゞさんの詩をいつも味わっています。

『さびしいとき』

私が寂しいときに よその人は知らないの

私が寂しいときに おともだちは笑うの

私が寂しいときに お母さんはやさしいの

私が寂しいときに 仏さまは寂しいの



※全くの他人は私の気持ちをわかってくれません。友だちは気持ちを察してくれて明るく振る舞ってくれるのですが、本当のところはなかなか通じません。

お母さんは、寂しい私をじっと見つめて、一方的に励ますことはしないで優しく接してくれます。

しかし、私には本当の意味で寂しさを共有できる、丸ごと受け入れてくれる存在が必要なのです。


あなたの悲しみ苦しみは私の悲しみ苦しみであり、あなたの喜びは私の喜びであります。

いつも私と共に同じ立場に立って慈悲の眼差しをもって見届けてくださる大きくて深い力(はたらき)を仏さまというのですね。

私が寂しいときに、仏さまは一緒にその寂しさを背負うてくださる。

そういう仏さまのお心が聞こえた時、私の心は安らぎ、癒されるのではないでしょうか。


人は苦しいことや辛いこと、生きることの厳しさにつまずいた時、「孤独」ということを実感します。そんな時に一番欲しいものは「共に」という存在であります。自分をそのままの姿で尊い存在であると認めてもらえる世界です。


「寂しいね」と語りかけてくださる存在は、仏教の教えとして、「一切の衆生(いのち)を必ず救う」という願い(ご本願)が示されています。


金子みすゞさんは、すべての生きとし生けるものは、大いなるみ仏の慈悲によって生かされているということに気づかれて、その慈悲の光の中にすべての事柄と自分自身の真の姿を見続けておられたのではなかったのでしょうか。


そんなことを思いながらブログを書いています。

涙が出て止まりません。ずっと毎日、毎日。

何百、何千と通夜葬の法話で自ら取り次いできたというのに、何ともなさけないものです。

他人事だったのですね。

今まさに「まさか」の坂に出会いました。

そして僕自身のいのちもそう先のことではないでしょうね。


でも大丈夫。

貴方がお母さんがもう僕に【南無阿弥陀仏】を届けてくれましたからね。

有難うございました。

これさえあれば生きていけます。


「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び逢うまでの遠い約束」[薬師丸ひろ子 『セーラー服と機関銃』]


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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