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かの土へはまいるべきなり

皆さま、こんばんは。

先ほどお電話をいただきました。

息子さまからでした。「父が亡くなりました」と。

Sさんというお父さんでした。奥様を亡くされ超法寺と縁を結んで

くださいました。

わが父もそうでしたが、男って女性(奥さん)がいるから頑張って

生きます。我が子の存在はもちろん大きですが、何においても

人生を共に歩んだパートナーです。相棒です。自分の身体の一部でも

あるのではないでしょうか。そんな存在が自分より先に逝ってしまうことは、

子どもにも理解できないほどではなかったかと思うのです。

もちろん全ての人がそうであるとは思いますが、少なくともSさんは

私にはそう思えたのです。それでも常に明るく優しいお顔と言葉で接してください

ました。私はお会いすることが楽しみでした。


わからないことと仰りながらも、自分ができること、自分がすべきことを最後まで

やりきってくださったのではないでしょうか。

親を見送ることは悲しい。

居るだけで子どもを守ってくれるかけがえのない存在です。

わが父もそうでした。この世に居てくださることが十分でありました。

未熟な住職を育ててくださいました。

短い間でしたが、お父さんにお会いできて本当にしあわせでした。

大事な私のお父さん、Sさん、あなたも私の善知識のお一人でありました。

お念仏をご一緒に耳にしてくださいました。お父さんにも阿弥陀さまが届いて

居てくださいました。お辛いお身体にナンマンダブツが宿って居てくださいました。

必ずお浄土でまたお遇いさせていただけます。正定聚(しょうじょうじゅ)です。


住職はお父さんもお母さんも仏さまとして大切にしてまいります。

親鸞聖人はご和讃に、

 十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし

 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる  [浄土和讃 弥陀経意]


と、お示しにくださいます。


 摂取とは左訓には、オサメトリタマフナリ。


ただ、この身にナンマンダブツをいただくそのままに阿弥陀さまは私をお救い

くださるようにおはたらきくださるのです。


わからなくてもいい、忘れれもいい。

阿弥陀が全部わかっているから。決して忘れない阿弥陀がいるよ。


最後にSさんとお会いした時のことを思い出しています。

最後まで優しく見送ってくだされたお父さん、素晴らしいお父さんに

お遇いさせていただきました。

またお浄土で必ず遇わせていただきます。

今まで本当に有難うございました。


浄土真宗のみ教えの素晴らしいことは、サヨナラしない、倶会一処の世界を

知ることができるということではないでしょうか。

(拝読 浄土真宗のみ教え)には、

かならず再び会う

 先立った方々を思えば、在りし日の面影を懐かしく思うとともに、

 言いようのない寂しさを覚える。

 親鸞聖人は、お弟子に宛てた手紙の中で仰せになる。


  浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし


 再び会うことのできる世界がそこにある。

 今ここで、同じ信心をいただき、ともに阿弥陀如来の救いにあずかっている。

 だからこそ、かならず浄土に生まれて再び会える確かさを、今よろこぶことが

 できる。

 本願の教えに出あえた時、今ここで救われ、再び会うことのできる世界が恵まれ

 る。


お父さん、今まで有難うございました。

あなたの優しい笑顔と、気遣いのできる言葉は忘れません。

住職は埼玉県に来て初めて、亡くなられた報に涙が出ました。

大切な人でありました。


『歎異抄』第九条に、

 なごりをしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしてをはるときに、

 かの土へはまゐるべきなり。いそぎまゐりたきこころなきものを、ことに

 あはれみたまふなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、

 往生は決定と存じ候へ。

 踊躍歓喜のころもあり、いそぎ浄土へもまゐりたく候はんには、煩悩のなき

 やらんと、あやしく候ひなましと。

とお示しくださいます。


今年も多くの方々とご縁を結ばせていただきました。

今年は仕事納めは29日の予定です。

ナンマンダブツ、ナンマンダブツ。


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