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執筆者の写真超法寺の住職

お釈迦さまの説法

◉真実の教え=本願を信じて浄土に往生する


〈仮の教え〉

○自力で仏になる聖道教全般

 [曹洞宗、臨済宗、真言宗、天台宗など]

◉成就しがたい難行の教え


○浄土教の中の仮の教え

 [第十九願の教え]=菩提心 真心から仏になりたいという心で、さまざまな善行を自分の力で励み続け、そして阿弥陀如来の浄土に生まれようとする者を、その臨終の時に、聖者方と一緒にその前に現れて救うと誓われた。〈善人のためのお救い〉

何故か?

自分は善人で正しく能力があると、自惚れているからです。

だから悪人や愚かなと言われても、他人事としか聞こえない。自分は関係ないと思う。

そんな善人も、必ず救いたいと臨終来迎まで誓われたのです。

「善人で力がある」と自惚れる者に、「お前は特別待遇だよ」と誓うことで、身の程知らずの者のプライドを傷つけずに何とか【真実の第十八願】に誘引したいがための、これまた深い大悲のお心から起こったものなのです。

もし自惚れていた者が、その大悲の親心を聞いて、自身の本当の姿(凡夫=死ぬまで煩悩から離れられない者)を知ったなら、自分の力を励む第十九願には留まってはいられませんよね。


深い、深い、阿弥陀如来の大慈悲心はあらゆる者をすべてわかった上に仕上げられてあるのです。


8日はお釈迦さまがお生まれになった日、花まつりです。

クリスマスを祝う人は全世界に多くおられるでしょうが、4月8日が【花まつり】だと知っている方はあまりおられないでしょうね。

どうしてお釈迦さまのお誕生日を【花まつり】というのか、それはお釈迦さまは花の園でお生まれになられたからです。

そして、お釈迦さまの像に甘茶をかけるのは、お釈迦さまかわお生まれになった時、甘い雨が降ったという故事からです。

天上天下唯我独尊は、若い子が特攻服などに刺繍したりしますが、これはどういうことか。


これは、【生きとし生けるものすべてが尊い】という意味です。

【この世の中でそれぞれが大切な役割を持っていて、それぞれが尊い】とも言います。


『仏説阿弥陀経』に、【倶会一処】(くえいっしょ)という言葉が出てきます。

【死んだ後は阿弥陀如来の極楽浄土に往生して、「倶(とも)に一つの処で会いましょう」という意味です。

阿弥陀如来の願い=南無阿弥陀仏をいただいたならば必ずそうなるんだと思ってくれ、というはたらきです。


誰一人として、どうでもいい命など無いのだとお釈迦さまはおっしゃっておられるのです。

自分の価値を自分で決めてはならないという戒めだと思うのです。


一度でもいいから、南無阿弥陀仏にお出会いしてください。


◉死ぬまで煩悩から離れることができない私たち[凡夫]が仏になるなんてあり得ない不可思議なことなのですよ。それを知らそうとおはたらきくだされたのは誰でもない皆さまのご先祖なのですよ。親は死してなお我が子を育てるといいます。親って素晴らしいと思う昨今です。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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