皆さま、こんばんは。
今日は秋の装いでしたね。
今週は寒いくらいにお暇をいただいていまして、身体もあちこち痛んでいます。
やはり疲労がかなり蓄積されているようです。
こういう話をしますと、「まだまだ若いのに」
などと笑われてしまうのですが、この八年間、本当に走り回ってきました。ゆっくり休んでいることもできずに。それでもお出会いいただいた皆さまとの語らいが私を奮い立たせていました。それでも身体は正直です。
明日は報恩講前の大掃除です。
できる限り本堂を綺麗にして、気持ちよくご講師をお迎えしたいです。
皆さまには浄土真宗のお念仏は、報恩のお念仏ですとお伝えしてまいりました。
この度は親鸞聖人八十六歳のお話しです。
「よろこび已に近づけり、存ぜんこと一瞬に迫る、刹那の間たりというとも息のかよわんほどは、往生の大益(たいやく)を得たる仏恩を報謝せずんばあるべからずと、存ずるについて、かくのごとく報謝のために、称名つかまつりものなり」
下野高田(栃木県)の覚信坊、息子の慶信(きょうしん)とともに親鸞聖人の弟子となる。
元は武士で教養もあり、親鸞聖人の信任厚きお弟子でした。
親鸞聖人八十六歳の時、同行(どうぎょう)仲間数人にて上京す。道中、重い病気になり、仲間は引き返すことを勧めるが、「死ぬのなら、帰っても死ぬし、行っても死ぬ。病気が良くなるのなら、帰っても良くなるし、行っても良くなる。同じことなら親鸞聖人のお傍で死を迎えたい」と、旅を続け親鸞聖人の元に辿り着く。
いよいよ臨終を迎えた覚信は、息絶え絶えの中、しきりにお念仏を申された。傍に来られた親鸞聖人が、「そんなに苦しい時にもお念仏申されることは尊いことですが、どんな思いで称えているのですか」と語りかけられると、覚信は前記の如く答えたという。
親鸞聖人はそれを聞き、喜びの涙を流し続けられたそうです。
平生業成(へいぜいごうじょう)の浄土真宗は、お念仏を称える心持ちを問われれば、ただ「有難うございます」より他にはありません。
私がはたらくと地獄に墜ちる。
ナンマンダブツがはたらけば浄土に生まれる。
俺が俺がの「我」がはたらけば、はたらくほど地獄に近づく。ナンマンダブツがはたらきさえすれば、その地獄行きのままが浄土に生まれていく。
「本願力」とは、私が称えているナンマンダブツはそのままが阿弥陀如来が私の身命(いのち)の上にはたらいているという相ということです。はたらきには力用(りきゆう)がありますから、これを他力といい、本願力といい、仏力(ぶつりき)といいます。
ナンマンダブツが他力。
私を浄土へ連れて帰り、さとりの仏にするというはたらき、力であります。
自分の動作を忘れてナンマンダブツがはたらいている、これが他力のお念仏であります。
称えよう、称えようと称えている私がはたらく、称えるという私の動作に目がついたお念仏は自力であります。
阿弥陀如来のはたらきが声となっているのが他力のお念仏です。
南無阿弥陀仏
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