ありのままの私を受け入れる世界

皆さま、こんばんは。

小雨の降る一日ですね。

今日はお釈迦さまが「お悟り」を開かれた「成道会」です。


皆さま、是非これだけは最低限、押さえておいて欲しいのです。

「法名」をつけることの意味を❗️

死者の名前では無いのです。


「法名」とは、「教えの名前」です。

仏弟子になるという意味ですよ。

仏弟子になるとは、お釈迦さまのみ教えを聞いて生きていく人の名前、ブディストになる意味です。

だから浄土真宗では原則、生前に授与します。


生前に授与することが出来なかった人に便宜上、死後に授与するのです。

つまり、その場合はご遺族や有縁の方々が亡き人になり代わり仏法を聞いていくことを意味しているのです。


そもそも「死ねば仏」などありません。


死ぬまで「煩悩=欲望」から逃れることの無い私たちは、自分の力では到底、「悟り」を開いて仏になることはありません。


私たちが死後に仏になるためには、阿弥陀如来の願いを聞き、受け入れていく他にはないのです。

これを無視していては、いつまで経っても私がしあわせになることはありません。


聞いても、私の都合で聞いたら意味がありません。広大無辺な阿弥陀如来のご本願を通して受け止めてこそ、往生することができるのです。


私たちが父母の願い、思いを素直に受け止められたからこそ、親を知ることができたように、南無阿弥陀仏の親心をしっかりと聞いていくことが思い通りに生きることができない私たちが安穏な生活を送ることができるのです。


クリスマスも大切でしょうが、地獄行きの生き方しかできない私を仏にする、しあわせにするためにお悟りを開かれたお釈迦さまを祝っていける私になることは、最も素晴らしいことだと思います。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、ナンマンダブツ。


追伸

先程、ウズベキスタンから前澤さんが民間人では日本人初の宇宙ステーションに向けて飛び立ちました。素晴らしいことです。

無事を念じています。

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