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「悉有仏性」はウソ?!

皆さま、こんばんは。先ほど揺れました。茨城県で地震発生。

大した揺れではありませんでしたが揺れるとヒヤリします。

とにかくあちこちで地震が頻発しています。

ゴールデンウィークに大地震が起こったらパニックでしょうね。

でも無常世界ではあることばかりですから、あってもいいように気持ちだけは準備しておかないといけませんね。

今、外は本降りです。よく降っています。


今夜もライオンズはサヨナラ負けです。武内に負けがつかなくてよかった。

とにかく打てない。助っ人が助っ人にならず大不振。昨年の外国人より酷い。

攻撃も淡白でとても見ていられない。森友哉は「やっぱ出て良かったわ」って思っているだろう。勝てる気がしない。


このように凡夫たる人間はいつも身勝手だ。情けなくてお恥ずかしい姿であります。

意図せずとも、不用意に言った言葉で人を傷つけ、「我執」(がしゅう)の塊ですから、いつでも自分を中心に自分の気にそぐわないときは、恨み、妬み、嫉む心が止むことなく人を常に傷つけているのです。


 浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実の我が身にて

 清浄の心もさらになし



 悪性さらにやめがたく 心は蛇蝎(じゃかつ)の如くなり

 修善も雑毒なるゆえに 虚仮の行とぞなづけたる



親鸞聖人は、「一切の群生海、無始より己来、乃至今日・今時に至るまで、穢悪汚染

にして清浄の心無く、虚仮○偽にして真実の心無し」(『教行信証』[信巻])


意味 すべての人間は、果てしない昔から今日・今時に至るまで邪悪に汚染されて清浄の心はなく、そらごとたわごとのみで真実の心はまったくない


だから私たち人間には仏性などあるはずがない。


仏性とは、私たちに仏性あらしむる仏智のはたらきをいうのですから、「悉有仏性」

とは、【悉有は仏性なり】ということです。


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