​Q:亡き人はどこへ行ったのですか。

A:実体として捉えた亡き人がお仏壇の中にいるわけではない、ということをもう一度申しあげたいと思います。
一時、よく歌われた『千の風』は、お墓の中に(亡き人は)いないというような歌詞でしたが、それとよく似ています。
すなわち、実体としての亡き人はお仏壇の中にはいないけれども、かたちやこだわりを超えて、仏さまとなられた亡き人はいつも私に寄り添ってくださいます。その亡き人に、お仏壇を通して遇うということです。
実はそれがお仏壇たる所以なのです。
「亡き人は阿弥陀仏の救いによって浄土に生まれ、仏さまになられている」と味わいます。そして、お仏壇はその阿弥陀さまの浄土を表しているのです。
本来、浄土は色もかたちもない真実そのものの世界であり、私たちの思考を超えた世界です。それをかたちに表そうとしたのがお仏壇の造りだと言われています。
ということで、亡き人は、お仏壇のどこかにおられるのではなく、阿弥陀さまの浄土に生まれ、仏さまとなっていつでもどこでも私たちに寄り添い、一人ひとりを輝かせようとはたらいておられます。お仏壇はその亡き人が生まれた浄土を表しているのです。
さらに、浄土に生まれられた亡き人の心を伺えば、私たちに「自分を敬い、手を合わすようにせよ!」と上から目線で思ってはおられないでしょう。それよりも、私たちに「限りあるいのちを精いっぱい生き抜いてくれ。そのためにも、阿弥陀さまの深い慈悲のお心を頼りに、人生を力強く歩んでくれよ」と願われていることでしょう。
お仏壇で阿弥陀さまを仰ぎ、お心を受け取っていくことが、そのまま亡き人の心にかなっているのです。
ポイント
▷亡き人は阿弥陀仏の救いで浄土に生まれる
▷お仏壇を通して、浄土に生まれ仏となった亡き人を偲ぶ

※『浄土真宗 新 仏事のイロハ』末永弘然著より